自社ホップ栽培への挑戦
CARVAAN BREWERYが飯能の地でホップ栽培を始めて5年。ホップはビール醸造の基本を構成するもの。麦の味わいも勿論大切だが、ビールの香り、苦み、泡持ちの良さを惹き出すのはホップの役割。ビールのキャラクターはホップによって決まると言っても過言ではない。
それほどに大切なホップだが、大手企業による直接買い占めにより、日本国内生産のホップは入手が困難な状況にある。日本のマイクロブルワリーの多くは、輸入商社を通じて海外産のホップを購入することが大半で、限られた種類の原料の中から選ばざるを得ない。加えて、日本国内で自社栽培のホップを有するブルワリーもそう多くは無いのが現状だ。
CARVAAN BREWERY & RESTAURANTを飯能の地に開いたのは2017年。
少子高齢化が進み、消滅可能性都市となった飯能市。アラビア世界を主軸とした輸入貿易業を営む私達の強みと、この大自然に囲まれた土地の利を活かしたことが何か出来ないか?
そう考えた時に、世界中の食文化が集い、様々な文化を持った人々が集い、食の起源や歴史に舌鼓を打ちながら未来を語り合う。そんな場所があったらどんなに素敵だろうと思うに至った。
大人の社交場に欠かせないものと言ったら、言うまでもなく「ビール」だろう。そのビールがこの地のものであれば、尚の事いい。
メソポタミアに起源を持つビール。
ある時代では労働の対価として、ある国では疫病から命を救う黄金の水として、禁酒法の憂き目に遭いながらも、何人たりともその文化を根絶やすことは出来なかった。古来から変わらず、廃れず、発展を続け、今尚在るものにはやはり意味がある。
食の文化の起源と謂われるアラビア料理とビールの文化。起源と歴史を辿ると言うならば、一から自らの手で造ろうと、ブルワリー&レストランという事業をこの地で始めるにあたって、私達は耕作放棄地を早速借り受け、手探りで自社ホップ栽培を始めた。
雨ニモマケズ、夏ノ暑サニモマケズ
1年目、今の圃場の約4分の1の面積でスタートしたホップ栽培。
此処、埼玉県の奥武蔵の地域は昔からお茶栽培が盛んだ。元々茶畑だった土壌は酸性の性質を持つ。地中に残るお茶の木の根っこを綺麗に除去し、荒れ放題であった土地を耕した。猪除けの電柵を張り、ホップの蔓を伸ばすために5メートルを超える支柱を立てた。初めてホップの小さな毬花がひとつ実った時は、社員みんなで沸き立った。
2年目、記録的な夏の長雨が続き、折角実ったホップの花の多くが腐り枯れ落ちてしまった。
収穫量はたったの1バッチ(400L)分。過酷な状況下に耐えて辛うじて実をつけてくれたホップを集め、大事に大事に仕込んだビールは忽ちの内に完売。初年度のフレッシュホップIPAの完売から約1年、有難いことにこの季節を心待ちにして下さったお客様も多かった。来年こそはと心新たに奮起するには充分だった。
3年目、農業専任のスタッフの入社も追い風となり、前年の悔しさを挽回するかのように収穫量は好調。
フレッシュホップIPAを前年の倍量仕込み、4年目には、国内最大級のクラフトビールの祭典「けやきひろばビール祭り」でこのビールを振舞った。
そして5年目の今年度。12種類のホップ(カスケード、ナゲット、ギャレナ、センテニアル、スターリン、ウィラメット、チヌーク、クリスタル、マウントフット、マグナム、コロンブス、信州早生)が収穫期を迎えた。
ブルーマスターの木村はじめ、今年は大収穫だぞと嬉々として社員達がこぞってホップを摘みに畑に出向く。実に昨年の3倍量のホップを使ったIPAが完成した。
朝採れフレッシュホップの格別な香りを愉しむためのIPA
実は私達のホップ栽培は、たった1種類のビールのためだけに1年をかけて行われる。それが毎年9月に開栓される、この「飯能産フレッシュホップIPA」だ。
ワインであればボジョレーヌーヴォーのように、その年初めての新酒をみんなで愉しむ文化があるが、ビールには収穫を祝うオクトーバーフェストこそ在れど、新酒を祝う文化は無い。通常、ホップは乾燥したものか固形状にペレット化したものを使うことが多いからだ。フレッシュホップを使う際でも冷凍のものが大半で、採れたての生の状態のホップを味わえるビールが飲める機会はそう、無い。
摘みたてのホップの香りは、青々とした夏草のように爽やかでグラッシー。
1年の内、たった僅かな期間しか味わえないこの格別な香りのために、私達は毎日毎日畑を耕すのである。朝に摘んだ貴重なホップは、香りの鮮度を落とさないようにその日の内にすぐ仕込む。一つ一つホップの花を丁寧に開き、ルプリンの香りを弾けさせる。地道な作業が続くが、その先に待つ期待と歓びが大きい。
このフレッシュホップの香りを最大限に惹き立てるためのIPAというスタイル。敢えて麦汁やモルトの厚みがしっかりと感じられ、安定した濃厚なボディー感をベースにすることで、ホップの爽やかな香りが際立つ。
今年の第一回目に醸造する「飯能産フレッシュホップIPA」に使うホップは、柑橘系の爽快なアロマを持つカスケード。
ホップは品種によって香りが全く異なり、オレンジやレモンのような香りから、メロンや花を彷彿とさせる華やかな香りまで様々だ。採れた国や土地の個性もその香りに不思議と映るようで、同じ品種でも感じる風味はまるっきり変わる。
今年の「飯能産フレッシュホップIPA」の開栓日は9月5日。
この飯能の地で採れたホップ、今年は一体どんな香りに実っているのか。今だけの贅沢な香りと味わい、是非ご賞味あれ。